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伊藤雅雄  インバウンド旅行研究家
伊藤雅雄 インバウンド旅行研究家

ムスリム訪日客を積極的に受け入れる街「熊本県人吉市」


2015年9月12日

ムスリム訪日客を積極的に受け入れる街「熊本県人吉市」
訪日客マーケットがアジア全域に急速に広がる中、イスラム教徒への対応が大きな課題となっています。

ムスリム対応が喫緊の課題に

訪日客マーケットがアジア全域に急速に広がる中、新たな取り組みが迫られているジャンルがあります。それは「ムスリム(イスラム教徒)」への対応です。これは、イスラム教を信仰する人々の食事を国内でどう準備するかが主な課題ですが、「イスラム文化に対する理解」がほとんど進んでいない日本にあって、そもそもこのような問題の存在さえも知らない人が多いのもまた現状です。これまで日本のインバウンド事業では、宗教や文化的な差異などを気にかける必要がなかった韓国や中華系の人々向けの対策を中心に据えて考えられていました。しかし今後は、アジアでもイスラム教徒の人口が多いインドネシアやマレーシア、さらにインドからの集客増を目指すならば、ムスリムへの対応は避けて通れないテーマと言えましょう。

「ハラール」とは?

さて、「ハラール」という言葉を聞いたことがありますか? NPO法人日本ハラール協会は、こんな説明を掲げています。

イスラム法において合法なものの事をハラールといい、非合法なもののことをハラームといいます。そして、最近ではそれ以外のハラールでない物の事を非ハラール(non halal)と称する事もあります。
(http://www.jhalal.com/halal から)

得てして(日本語以外でも、非イスラム教徒の一般的概念として)「ハラール」という単語イコール「ムスリムの人々が食べるもの」と解釈していることがとても多いのですが、実は「ハラール」とは、イスラム教の教え「シャリーア法」および、イスラム原理で「許される物又は行為」などといった、「健全な商品や活動」のこと全般を意味します。食事だけでなく、金融・医療・流通・運輸などあらゆるものがハラールの対象となっているのです。例えばイスラムの教えでは、金融機関も利子を取って金銭を貸すことを禁止するコーランの言葉に従い、利子の取得を禁止されていますから、基本的に無利子で運営されています。

ムスリムの人々が食べているもの


さて、ムスリムの人々はどんなものを食べているのでしょうか?
基本的な基準としては、「イスラム教徒にとって有害な物、中毒性のある」とされるものは「ハラーム」に属すわけですから、イスラム教徒はハラールであると正式に認められたもの以外の食べ物や飲み物などは避けねばなりません。具体的な「ハラーム」の例としては豚肉、血液、お酒が代表的なものです。
「ハラール食品はムスリム以外に適さない」と誤解している人がいますがこれは全くの間違いで、だれでも食べることができます。ハラール認証を受けた牛肉を薄切りにして、すき焼きに使っても構いません(もっとも、味付けにみりんや料理酒が使えない、という別の問題がありますが)。
ハラールの肉は処理の際に血抜きをするため、バクテリアの繁殖を防いで鮮度を保ちます。その他、加工食品や化粧品でも原材料にポークエキス、ゼラチン、豚脂などといったハラームを使ってはいけません。

では、日本でどう対応する?

では、宿泊施設でムスリムの顧客をもてなす場合はどうしたらよいのでしょうか。
本来、ハラールのレストランや食堂を開く場合は、しかるべき団体から「ハラール認証」を取得する必要があります。筆者の調べでは、日本国内にはハラル認証団体が少なくとも6つあります。ただ、認証に際して「ムスリムの雇用」という条件があり、現実問題として日本国内での対応に大きな壁になっています。
日本ハラール協会は「家庭でのムスリムに対するおもてなし」として、以下のような提案を行っています。なんらかの事情でムスリム顧客への対応を迫られた際に参考になるでしょう。

調味料はアルコール添加されているもの(醤油、味噌、みりんなど)はNGです(アルコール無添加であればOK)。天ぷらなどの揚げ物でも、野菜と魚介のみ専用で揚げている所は安心ですが、中にはトンカツや唐揚げなどと一緒の油を使用する所もありますのでこれであればNGです。調理道具、食器もできれば豚を調理した事のないものを使用する事が好まれます(原文ママ)。

積極的な誘致例も

さて、ムスリム訪日客を積極的に誘致している例があります。熊本県人吉市は人口減少と雇用がない環境に苦しむ現状を観光と食というニューツーリズムで打破するため、「地域資源を活かした人吉ハラール促進区を実現するための地域再生計画」に挑みました。同市はこのような対策を掲げました。
◆具体的取組◆
○東南アジアからの誘客強化
・ハラールフードと球磨川下り等の地域資源を組み合わせたハラールツーリズムの商品開発や誘客に向けた海外のプロモーション活動を行う。
○ハラール対応拠点環境整備事業
・ハラール対応セントラルキッチンの形成と周辺環境整備の実現に向けて人吉中核工業用地において用地造成等の環境整備等を行う。
○ニューツーリズム確立のための地域資源魅力向上事業
・地域資源の一つである肥薩線及びくま川鉄道沿線の鉄道施設保全や情報発信拠点施設の多言語対応設備等充実を行い、ニューツーリズム拠点として機能向上を行う。

人吉市がムスリム誘致に動けたひとつの理由としては、隣接する球磨郡に拠点を置く食肉業者「ゼンカイミート」が国内に3社しかないハラール牛肉生産施設だったことも後押しになりました。同社はハラール牛肉の輸出も行っています。同市が行ったハラール促進区の実現に向けてムスリムに対するモデルツアーでは、ゼンカイミートのハラール牛肉でバーベキューを振る舞い好評を得たそうですが、ムスリムに必須の礼拝をはじめとする「日本では親しみのないニーズ」に応じた対応への課題も浮き彫りになったといいます。なお、人吉市ではムスリム向けの食事の準備に際し、ハラール認証を受けた調理施設をセントラルキッチンとして設け、そこからオーダーに応じて配送することで対応しています。

ムスリム訪日客の対応をめぐっては、人吉市のような先進地域における事例を見習いながら、送客元の旅行会社などとも連携し「可能な限りの取り組み」を考えていく必要がありそうです。

イスラム訪日客 ハラール ムスリム

伊藤雅雄  インバウンド旅行研究家
伊藤雅雄 インバウンド旅行研究家

伊藤雅雄(いとうまさお)
大学在学中に、中国語と比較文化論、シルクロード史などを研究。卒業後、旅行代理店に就職するも、1997年の香港返還を機に、エッセイやコラム執筆、書籍制作に携わる編集者兼ライターに転向。過去25年以上にわたり、添乗や視察、取材などの目的で日本人が行きそうな外国の街のほとんどを訪れている。特に中国をはじめとするアジア各地に土地勘がある。

2007年夏より英国・ロンドンに在住。2014年からは「日本最大級の旅行情報サイト・トラベルコちゃん」のレポーターとして従事しているほか、バーチャル編集プロダクション・Watch! CLMBの編集主幹として、アジアの新興国に関する書籍の制作に携わっている。
著書に、日本を訪れる中国人観光客について論じた「中国人ご一行様からのクレームです(三修社刊)」がある。

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